人が定住する場所としては世界最北に位置しているスヴァールバル諸島。スヴァールバル条約という特別な条約によって、ノルウェー領でありながら条約加盟国であれば誰でもビザなしで就労・居住していいという世界でも珍しいエリアです。
そんなスヴァールバル諸島にかつてソ連の炭鉱町として栄え、今では廃墟となっている街ピラミデンがあり、観光客が滞在可能なロングイェールビーンからクルーズなどで訪れることができます。
この記事ではピラミデンの歴史や現在の様子、今後どう変わっていくのか現地を訪れた筆者が紹介していきます。
1. ピラミデンってどこ?
ピラミデンはノルウェー領スヴァールバル諸島のスピッツベルゲン島に位置している旧炭鉱タウン。
北緯78度39分(Google Map)に位置しています。
スヴァールバル諸島に住む人の大部分が居住し、観光客も滞在することが可能な街ロングイェールビーンからは直線距離で約50km離れています。
夏の間はクルーズ船やスピードボートを利用して、冬期はスノーモービルを利用する1日ツアーに参加することで観光客もアクセスすることができます
2. ノルウェーの中にあるロシア
もともとピラミデンは1910年にスウェーデンの鉱山開発会社によって開発され、その後1927年に当時のソビエト連邦に売却された炭鉱タウン。
1920年に現在のスヴァールバル諸島の領有権や経済活動を定めた国際条約、スヴァールバル条約が締結されノルウェー領となったものの、この条約により第三国の経済活動が認められているため引き続きソビエト連邦の所有地となりました。
ソ連崩壊後もロシアの国有鉱山開発会社Arktikugolによって保有され、現在に至っています。
この位置の特殊性から炭鉱開発のコストが嵩み、実際にはほとんど利益が出ていなかったと言われるピラミデン。事実炭鉱タウンとしてのピラミデンは1998年に閉鎖されました。
しかし一方で、一時は1000人以上の人々が住む賑やかなエリアとなりました。幼稚園や学校もあり、子供も多かったそう。それは、小さなエリアながら1つの完成された「街」として整備されていたためです。
その理由は炭鉱開発だけにありません。
資本主義国家ノルウェーの領土において、共産主義の理想郷を作るという目的、そして極めて厳しい環境の中であっても高水準のインフラを作り上げるというソ連・ロシアの国益を賭けた大きなプロジェクトの一環だったのです。
3. ピラミデンの今と今後
ピラミデンが完全に閉鎖された1998年以降は無人の状態が続き、廃墟となりました。その後2007年に入り、ピラミデン所有会社により観光を基盤にこのエリアを維持し、収益化させようという試みがなされています。
世界の最北端に位置する廃墟タウン。通年を通して低い気温のおかげで、廃墟とはいえ保存状態がよく、まるでつい最近まで普通に人が住んでいたかのような雰囲気がある不思議な空間です。
ただしよく見てみると、元々は人々が暮らしていたアパートメントも今では鳥の住処に。廃墟タウンの様相を呈してきている部分も見られます。
町中には北極キツネなトナカイが普通に歩いており、場合によっては北極クマが出没することもあるという自然に戻った姿も一部で見せています。
ピラミデンを観光客が単独で歩くことは禁止されており、銃を携帯したガイドと同伴でのみ「街」を散策することができます。
奥に見える
平屋の建物がピラミデンの命の砦ともいえる食料庫。ピラミデン周囲のフィヨルドが凍結しない夏の2−3ヶ月の間に食材を搬入し、来夏までの1年間の食事を支える倉庫になっています。
なんとこの食糧庫を守るのは高齢の女性、完全に無人だった時期を除きピラミデンに50年近く住み続けている方なんだそうです。
半径数百メートルという小さなピラミデンの町、それでも通りには名前が付けられており、中には「10月革命通り」と命名されたものも。ソ連誕生のきっかけとなったロシア革命に因んだ名前となっていました。
ちなみにここで生えている草もロシアの北極圏に位置するエリアから移植されたものなんだとか。遠く離れた僻地でも母国の香りを感じるために植えられたんだそうです。
世界最北のレーニン像もこのピラミデンにあります。
かつて炭鉱タウンとして機能していた際に使われていたエリア唯一の厨房と食堂。当時は食事は無料で食べ放題だったのだとか。
当時ソ連の国力を思わせる非常に立派な建物と内装。ここが北緯78度という極地なことを忘れさせます。
資本主義国ノルウェーの中に作り上げた共産主義の理想郷。このピラミデンには数多くの世界最北が当時作られました。
世界最北のスイミングプールは、なんと温水プール。
世界最北の体育館もピラミデンに位置しています。この街が機能していた頃はロングイェールビーンに住むノルウェー人とスポーツ交流も行われていたんだとか。
世界最北の映画館。この施設は当時の張り紙が綺麗にそのまま残されており、まるで昨日全ての人が消えたかのような不思議な印象を思わせる場所。
映画館内部は現在再整備されており、映画館倉庫にはソ連時代の映画が1000本以上保存されているんだとか。2019年には世界最北のフィルムフェスティバルも行われました。
2013年にはピラミデンにホテルが再整備され、今では宿泊することも可能。ただし観光客がピラミデンにアクセスする方法が極めて限られており、個人でいくことは不可能。誰がここに宿泊できるのかは全く不明です。
ホテル内には滞在施設だけではなく、ピラミデンに居住する労働者用に売店や郵便サービスなど最低限のインフラサービスがある様子。現地の人の間ではロシア・ルーブルが非公式で使われている模様。
一方、ガイドツアーを利用してピラミデンを訪れた人がロシアの味を楽しめるバー・レストランも併設されており、ここで使われる通貨はノルウェー・クローネ。店員もここは一応ノルウェーだからね、と言っていましたが表向きと裏向きの顔が垣間見えたような気がします。
4. 最後に
冬の間はわずか片手で数えるほどの最低限の人が維持管理を行うまさに生きた廃墟タウン。現在では、かろうじて最低限の電気と水道が使用できる程度で連絡手段は無線と極めて限定的なインターネット。
この廃墟をうまく保存しながらも観光客を呼ぶために一部修復や整備が行われていますが、基本的にはピラミデン内を歩くにはガイドの同伴が必須。許可なくいかなる建物内に入ることも禁止されています。
ロシア側としてもいくら極地にある廃墟とはいえ、国有地(正確には国有会社の土地)には変わりなく決して手放すことは出来ないのでしょう。
360度大自然に囲まれ、夏は白夜、冬は極夜。冬はマイナス40度にも達するという僻地にあるソ連時代の廃墟タウン、ピラミデン。
廃墟を廃墟として残すことを主張する人もいれば、開発を目論む意見もあるよう。ノルウェーの中のロシアという複雑な事情もあり、今後どう変わっていくのか、あるいは変わらないのか気になるところです。
ロングイェールビーンは開発が制限されていることもあって、ホテルの数が需要に比べて非常に少なく、また一般住宅もほとんどないためAirbnbの物件も限られています。
そのため、通年にわたって旅行者の宿泊場所確保が難題。そのため、個人旅行をする際には宿泊場所の予約と航空券の予約を並行して進める必要があります。
航空便はノルウェー首都オスロや北極圏の最大都市トロムソを起点に、スカンジナビア航空やノルウェーエアシャトルなど複数会社が運行しています。
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