今回はちょっと社会問題的なことを取り上げてみます。
普段から「北欧は!」「スウェーデンは!」となんでもかんでもスウェーデンを引き合いに出し日本の制度や慣習を批判する日本の自称リベラル識者や左系野党議員が、こぞってだんまりになるスウェーデンのパーソナルナンバー制度。
日本のマイナンバー制度に相当するものです。
日本のマイナンバー制度の話が出るたびに「監視国家だ」、「個人情報だ」、と騒ぎますが、そんな個人番号制の発祥の地でもあるスウェーデンのパーソナルナンバー制度についてはほとんど知られていませんし、都合が悪いのか報道されることもありません。
今回はそんなスウェーデンに住みながらわかったパーソナルナンバー制度を紹介します。
1. パーソナルナンバー制度概要
まず全くパーソナルナンバー制度のことがわからない方に、スウェーデンの個人情報管理方法を紹介します。
スウェーデンでは1940年代後半に国民一人一人に番号を付与するパーソナルナンバー(スウェーデン語: Personnummer)制度が始まり、60年代後半にはデジタルデータでの保存が既に行われるようになっていました。
現在ではスウェーデン人はもちろん、現地の居住許可を持って滞在している外国人全てに番号が割り当てられており、合法的に滞在している短期観光客を除く全ての住人はパーソナルナンバーを持っていることになります。
このパーソナルナンバーはスウェーデンの税務署から発行されるIDカードに記載されているのですが、番号の振り方には規則性があり、(yy)yymmdd-wwscという形式。
生年月日を示す8桁から始まり、出生場所2桁、性別1桁、確認番号1桁の計12桁の数字からなっています。
つまりこのパーソナルナンバーを見るだけでも年齢や性別、出生地は一目瞭然ということ。
ちなみにこの番号はスウェーデンで生活をする限りありとあらゆる場所で使うもので、毎日身につけておくものになります。
「年齢がみられて恥ずかしい」みたいなことは通用しません。
2. パーソナルナンバーが必要なもの
スウェーデンで生きて行く限り、パーソナルナンバー無しでは不可能。
銀行口座の開設、携帯電話の契約、病院の受診、公的機関の利用、電気・ガス・水道・インターネットの契約、家の賃貸契約や売買契約、車の売買などなど様々な手続きに必要となります。
それどころか、CDショップのレンタルをする際や、家電屋やファストフード店でポイントカードを作る際などにまで必要となります。
つまりスウェーデンでは何か「登録」するという状況においてはほぼ全ての場面においてこのパーソナルナンバーの提示が求められます。
ちなみにこのパーソナルナンバーがあれば、専用のアプリを使ってクレジットカードがなくても支払いを行うことができたり、送金・受金をしたりすることも可能。
なんてやりとりをすればその場で口座間でお金のやり取りができるのです。
パーソナルナンバーは、ありとあらゆる情報が紐づけられている番号になります。
3. パーソナルナンバーの使い方の例
なかなか一般の人が気づきにくいパーソナルナンバー使用の例を1点紹介します。
それは医科や歯科への通院。通院し保険治療を受ける際にはこのパーソナルナンバーが必須となります。
患者情報が全てこのパーソナルナンバーに紐づけされデータベース上に保存されているため、例えば地方から引っ越してきて転院した場合や、より高度な治療が必要となり転院してきた場合には、新しい病院で過去の治療歴や検査歴を全て見ることができます。
日本では、病院を変えると検査も1からやり直しなんてことがありますが、スウェーデンでは医療情報は全て共有されているため同じ検査を2回受けたりといった無駄を省け、患者の身体的負担軽減や医療費削減にも役立っています。
逆にいえば、医療機関側は見ようと思えば国民全ての健康情報を参照することができるので、かなり厳しい個人情報取り扱いの規則が設けられていることが一般的です。
また、治療後は日本では一般的な会計がありません。既にパーソナルナンバーを提出しているため、かかった治療費や薬剤費は翌月口座引き落としとなります。
これにより、病院内での患者との現金のやり取りなどの手間が省ける他、医療費の徴収漏れ等も防げるという病院経営の効率化につながっています。
4. パーソナルナンバーとキャッシュフリー
では、このパーソナルナンバー制度は国民の情報を同一データベース上に全て集めるという壮大な目的のために作られたものなのか、というとそういうわけでもありません。
以前、キャッシュフリーを紹介する記事にて、スウェーデンではほとんど現金が使用されない理由を紹介しました。
このパーソナルナンバーは前述の通り、銀行口座やクレジットカードとも紐づいています。そしてスウェーデンでは青空市場やブラックマーケットなどごく一部の状況を除いて現金は滅多に使用されません。
そして、このパーソナルナンバーは税務署から発行されている、ということも既に書きました。
つまりどう言うことかといえば、スウェーデン政府が国民の納税をしっかりと管理するために立ち上げたシステムになっていることは明白な事実で、これにより税務署は合法的にスウェーデンに在住している全ての人の入出金をほぼ完全に把握しているといっても過言ではないのです。
突き詰めていえば、キャッシュフリーを政府が推進する理由というのは、ただ単に顧客の利便性や安全性を向上するためだけではない、ということがわかるかと思います。
もちろんスウェーデン国民もこのことはよく理解しており、概ね好意的に捉えられています。
スウェーデンでパーソナルナンバーに反対するということは、公の場で脱税すると宣言しているようなものなのです。
5. パーソナルナンバーとログイン
このパーソナルナンバー。実はオンラインのサービスを利用する際の「ログインID」として広く使われています。
例えば銀行のオンラインバンキング。ログインの際にはこの番号と任意のパスワードもしくは携帯電話と紐づいた個人識別方法を活用します。
大学のポータルサイトにログインする際や電気など公共料金のサイトにログインする際もこのパーソナルナンバーをユーザーID代わりに使用可能。
もちろん税務署や移民局など公立組織のログインIDとしても使用します。
このパーソナルナンバー、オンラインのログイン手段としてかなり多くのサイトで使うことができるというのが実感です。
6. 住所録が存在しない理由
スウェーデンでは住所録というものは存在しません。では贈り物をする時や手紙を出したい時、どうするのでしょうか。
なんと、パーソナルナンバー制度が確立しているスウェーデンには驚くべきウェブサイトがあり、そこにパーソナルナンバーや名前を入れると個人情報が誰でも見れてしまうのです。
そのサイトは、https://hitta.se
このサイトはもちろん日本からもアクセス可能で、トップページの検索窓に番号やパーソナルナンバーを入れると住所はもちろん、家の写真、電話番号、家族構成、年齢、さらには就業先によっては職場の場所までもが表示されます。
また起業している場合には利益についての情報まで。
もし知り合いにスウェーデンに住んでいる人がいれば、試しに名前を入れてみてください。
知り合いがいなくても、適当にそれっぽい名前を入れるとリストが色々と出てきます。
日本ではマイナンバー制度が本格的に活用されるにあたって個人情報漏えいなどの懸念が一部から出ていますが、もはや住所や家族構成なんていうものは隠すようなものではない、というのがスウェーデンの考え方です。
7. 個人情報とは
スウェーデンの考え方では、住所や家族構成なんていうものは個人情報とは呼べない、ということを紹介しました。
ではスウェーデンの個人情報とはなんなのでしょうか。結論から言うと、スウェーデンには私たちが思う個人情報なんていうものは無いといっても過言ではありません。
夫婦の夜の営みまで平気でシェアするスウェーデン人、隠すものはありません。
税務署に行けば、誰でも簡単にパーソナルナンバーに紐づけされているより深い公的情報を検索することができます(開示履歴は残ります)。
例えば納税額。納税額がわかると言うことは所得額が計算出来るので収入も推測可能。自分のものはもちろん、パーソナルナンバーさえわかれば誰のものでも検索できます。
自分の上司がいくら稼いでいるのか、そんな情報は簡単に調べることができるのです。
8. パーソナルナンバーと男女平等推進
現在は男女平等が進んだとされるスウェーデンですが、過去には他の国と同様男女格差が非常に大きく社会問題となっていた時期がありました。
そんな際、同一労働、同一賃金を達成させ、職場での男女格差の不均衡の解消に寄与したのもこのパーソナルナンバー制度が関わっているとされています。
前述の通り、誰がいくら稼いでいるのかというのは個人情報ではありません。つまり、その会社の同僚や上司、管理職がいくら貰っているのかがわかるのです。
これにより男女の賃金格差が目に見える形で公となり、男女間格差が目立つ場合には労働組合などによる抗議活動やストライキ、あるいはメディアに広く取り上げられて社会的な制裁が加えられたりということが起こりうるのです。
スウェーデンではフェミニスト等の活動により男女平等が進められたと信じている人も多くいますが、実のところは女性の社会進出を期待した政府により強制的に推し進められた、という側面が強くあります。
もともと資源や産業に乏しく欧州最貧国とまで言われたスウェーデン。経済低迷を克服するために労働力不足を女性で補うため、というのが当初の目的だったのはあまり知られているところではありません。
9. 最後に
いかがでしたか?
スウェーデンに住んでみてわかったパーソナルナンバー制度の表と裏を紹介しました。
日本では慣習的に住所や職業というのは場合によってはある意味でトップシークレットに近いものがあるので、スウェーデンほどの広い情報公開はなかなか浸透していくまでに時間がかかる気はしますが、キャッシュフリー推進と合わせてマイナンバー制度がより発展すると何かと便利になることも多いように思います。
とりわけ私は脱税をする予定もありませんし、払うものは全て申告して払っているのでマイナンバー制度に反対する理由はないというのが個人的な意見。
現状行政も全てがバラバラなので、マイナンバー制度普及により情報の統一化が図られると何かと便利になる状況も増えるように感じます。
ただ国内における現状のセキュリティシステムを見ると、健康情報の紐づけ等にまで用途が広がってくるとまだ不安が大きと感じるのも事実。
またせっかくマイナンバーを持っていても、マイナンバーカードのコピーを要求されたりというアナログとデジタルが混在したチグハグさが事態を複雑化しているのも否定できない事実。
今後の個人情報保護政策なども含めて政府の取り組みを注視していきたいと思います。
「スウェーデンの挑戦」という信書が出されベストセラーになりましたから、スウェーデンで男女平等を推し進めた背景に労働力不足と社会福祉を支える財源保障の確保ということがあったことは、日本でも「知られていないわけ」ではないことを確認させていただきたいと思います。また、スウェーデンのPersonal Numberはデジタル化はもちろん当時はありませんでしたが、かなり昔から制度としては存在していたものであり、導入されたのは1947年です。それだけ歴史が長いこと、投票率の高さと政策の開示の透明性、労働組合の組織率の高さとの相互関係を示すことがこうした説明には肝要かとおもいます。日本の支配政党(つまりこの筆者がいうところの「左系野党」の対極にいる政党)とその支持勢力がそういった「信頼の醸成」どころか隠蔽・改竄に努め、マスコミを支配し、政治への無関心層というか選択するための材料を取り上げられた国民の投票率が低下する中での「マイナンバー批判」という当然の結果が出てきていることをわかっていただきたいと思います。